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契約の基礎知識/スタートアップのための法務(1)

日本情報マート

2018.07.20

 こんにちは、弁護士の市毛由美子と申します。今回から始まるシリーズ「スタートアップのための法務」の第1回は、契約の基礎知識を扱います。

 起業・創業しようというときには、最初から自分が当事者となる様々な契約(オフィスの賃貸借契約、事務機器や什器備品の売買契約、リース契約またはレンタル契約、スタッフとの労働契約、銀行その他金融機関との金銭消費貸借契約、取引先との取引基本契約等々)を結ぶことになります。

 しかし、慣れない契約書の内容をいちいち読んでいる時間はない。あるいは、読んでも意味が分からないけれど、契約を結ばないとビジネスは先に進まない。仕方がないのでよく分からないまま契約書に判を押す、というのはよくある話です。しかし、そんなことではスタートから思わぬ落とし穴に陥る危険があります。

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こちらはスタートアップのための法務シリーズの記事です。
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1 契約とは何か

 契約が成立すると、当事者間には権利(債権)と義務(債務)が生じ、義務者(債務者)が契約上の義務(債務)を履行しない場合には、契約違反(債務不履行)となります。義務者に契約違反があるにもかかわらず、催促をしても履行されない場合には、権利者側は裁判を起こすことで、判決によって義務者に対する義務の履行や損害賠償を命じてもらえます。さらに、それでも履行されなければ裁判所に強制執行を申し立てることで、権利の実現(直接強制できない義務は金銭での賠償)が図られます。

 つまり、契約は、権利者(債権者)からすると、法律と裁判制度を通じて国家がその実現を保証してくれるもの、ということになり、他方で義務者(債務者)からすると、国家によりその実現を強制され得るもの、ということになります。よって、契約書に判を押す前には、自分が望んでいないこと、できないことが義務付けられていないかどうか、5W1Hの観点から細心の注意を払って契約書を読む必要があります。

2 契約書を作る目的

 「契約」というと「双方当事者が契約書に調印すること」を思い浮かべる方も少なくないと思いますが、法律的には、「契約」は申込の意思表示(A製品を〇円で売りたい)と承諾の意思表示(A製品を〇円で買いたい)の合致により成立し、必ずしも「契約書」「発注書」「発注請書」といった書面の作成は必要ではありません(注)。では、なぜ企業間の取引では書面を作るのでしょうか。

(注)ただし、保証契約等の一部の契約では、例外的に書面の作成が必要となります。

 その最大の目的は、裁判になったときに備えた証拠づくりにあります。口約束だけでは、「言った」「言わない」の争いになる可能性があるところを、裁判では証拠をもって事実認定されるため、締結済み契約書があれば、裁判官の事実認定はとても容易になります。また、民事訴訟法第228条第4項では、署名または押印がある私文書は真正に成立したものと推定されると規定していることから、署名または押印のある契約書の証拠価値は、ファクシミリやEメールより高いといえます。

 そして、契約書が裁判時の証拠となることで、裁判になる前の段階から、当事者、特に義務者は契約上の義務を履行しなければならないという心理的圧力を受けるため契約を順守しようとし、また、不注意による契約違反も防止できます。さらに、口頭での曖昧な約束を書面で明確にすることで、当事者間の認識の齟齬(そご)をできるだけ少なくし、無用な争いを避けることもできます。

3 多義的表現を避ける

 このような契約の目的を果たすための工夫として、契約書の表現は多義的表現(読む人によって様々な解釈があり得るような表現)を避け、一義的表現(誰が読んでも同じ意味にしか解釈できないような表現)が重要になります。

 例えば、以下の契約例1と契約例2を比べたとき、1では、「瑕疵(かし)」が何なのか、また、「遅滞なく」とはどのくらいの期間なのか、人によって解釈にばらつきが出る可能性があります。しかし、2のように規定することで、一義的で解釈に幅がない契約書となります。

(契約例1)

本製品の受け入れ検査時に瑕疵が発見された場合には、買主は遅滞なく売主に通知をしなければならない。

(契約例2)

本製品の受け入れ検査時に、本契約に添付された仕様書 の記載内容を充足しない製品が発見された場合には、買主は本製品の受領日から10営業日以内に売主に通知をしなければならない。

4 法律と契約の優劣関係

 ところで、法律と契約とで、異なる取り決めがされている場合は、どちらが優先するのでしょうか?

 私的自治の原則(国家は私人間の問題になるべく介入すべきでないという原則)からは、契約(当事者の意思)は国家の決めた法律に優先するとされていますので、多くの民事に関する法律の規定は、当事者の意思がはっきりしないときに、公平の見地から権利義務を確定するための補完として機能することになります。

 このように当事者の意思を補完するような法律の規定(当事者の意思によって適用しないことができる法律の規定)を「任意規定」といいます。しかし、私的自治の原則に委ねると、社会秩序の維持が図れない場合、いずれかの当事者が重大な不利益を被る場合、弱者救済や実質的な公平確保を目的として法律が定められている場合は、当事者の意思のいかんにかかわらず法律の規定が守られなければその目的を達成できません。このような公の秩序に関する規定を「強行規定」といい、当事者がこれに反する契約をしても無効となります。

 この強行規定と任意規定と当事者意思の関係(任意規定 < 当事者意思 < 強行規定)を定めているのが、民法第90条と第91条です。

第90条

公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。

第91条

法律行為の当事者が法令中の公の秩序に関しない規定と異なる意思を表示したときは、その意思に従う。

 ここで、契約書を作るとき、読むときに最も神経を使うべき点は、契約書に書かれることによって初めて効果が発生する条項(任意規定と異なる規定)についてです。例えば、売買契約においては、売主は、民法第533条により、いわゆる「同時履行の抗弁権」があるので、買主が代金を支払うまで対象物を引き渡さないと主張できます。

 しかし、これは任意規定ですので、当事者が合意すれば、代金後払い、あるいは先払いの契約条項も有効となります。通常、買主の力が強い場合は、支払いサイトは納品の翌月、あるいは長い場合には3~6カ月も先と定められることがあります。ここで、後払いの場合には、実際には支払い期日までお金を貸しているのと同じ金融的効果が生じますので、相手方の資力・信用力や経営状況いかんでは、担保や保証を入れてもらう等の手当てを求めたほうがよい場合もあります。

 他方で、その取引が下請代金支払遅延等防止法という法律の対象となる取引に該当する場合には、発注者たる親事業者は、給付を受領した日(役務の提供を受けた日)から60日以内に下請代金を支払わなければならないという「強行規定」があります。この場合には、契約書上の支払い期日の規定いかんにかかわらず、親事業者は60日以内に支払いをしなければなりません。

 このように契約と法律に関する知識を駆使すると、契約書はビジネス条件を組み立てるための効果的なツールのひとつとなり得ます。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2018年7月18日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

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執筆: のぞみ総合法律事務所 弁護士 市毛由美子
平成元年4月弁護士登録(第二東京弁護士会)、日本アイ・ビー・エム株式会社法務部に勤務後、都内法律事務所を経てのぞみ総合法律事務所パートナー。弁護士としては、コンピュータを巡る各種契約実務、知的財産権、会社法、コーポレートガバナンス等の分野を取り扱う他、最近では、上場会社社外役員として法律家の視点で経営判断に関わっている。

平成21年度 第二東京弁護士会 副会長
平成22年9月~平成24年8月 日本弁護士連合会 事務次長
平成26年5月~現在 イオンモール株式会社 社外監査役
平成28年12月~現在 株式会社スシローグローバルホールディングス 社外取締役・監査等委員
平成30年6月 伊藤ハム米久ホールディングス株式会社 社外取締役

著書等(いずれも共著)
『Business Law Journal』(レクシスネクシス、2010年1月号「ライセンス契約」)
『「社外取締役ガイドライン」の解説』日本弁護士連合会司法制度調査会 社外取締役ガイドライン検討チーム編(商事法務、2013年9月)
『Q&A プライベートブランドの法律実務』(民事法研究会、2014年8月)
『弁護士から見た情報処理』(情報処理学会、2014年3月号「情報処理」)

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