実は多くのビジネスにおいて印鑑は法的には不要である。

日々、当たり前のように印鑑を使っている私たちにとって驚くべき事実ですが、一部の文書を除き、印鑑がなくてもその効力に問題はありません。

新型コロナウイルス感染症の影響で広まったリモートワークをきっかけに、今、印鑑の存在意義が改めて問われています。押印の意味を明らかにした上で、すぐになくなることのない「契約に伴う印鑑利用に関するポイント」を紹介していきます。

1 印鑑がなくても文書は有効?

今、皆さんがもっとも興味のある疑問からお答えしますと、「印鑑がなくてもほとんどの文書は有効」です(不動産会社が作成する重要事項説明書など、押印が必要な文書もあります)。契約書だけではなく、見積書、発注書、請求書など、印鑑がなくても本人が作成したものであれば、法的な効力が認められます。

では、印鑑には何の効力もないのでしょうか?

法律では「押印」があると「文書が真正」であることが推定されます(民事訴訟法228条4項)。文書が真正とは、本人の意思に基づいて文書が作成されたという意味です。つまり、文書中の印影が本人の印章によって顕出されたものである場合、本人の意思に基づいて文書に押印されたものと推定されるので、名義人は「勝手に偽造された」と主張しにくくなります。偽造されたと主張したいなら、印鑑で表示された名義人が偽造された事実を証明しなければなりません。

もしも契約書等に自署がされておらず、記名(例:自署ではなくゴム印が押されている場合や名前等が印字されている場合)されているだけで印鑑がなかったら、反対に「この文書を本人が作成したものである」と主張する人が、その事実を証明する必要があります。このように押印があると、法的に文書の効力が認められやすくなります。このような理由などから、日本の商慣行として印鑑が定着しているのです。

2 電子署名があれば大丈夫?

押印があると、法的に文書の効力が認められやすくなるということは、逆に押印がないと認められにくくなるのかと考えてしまいます。しかし、その心配はありません。2001年4月1日に「電子署名法」が施行され、電子署名が手書きの署名や押印と同等に通用する法的基盤が整備されました。

電子署名とは、ネット上のやり取りで利用できる署名です。きちんと認定を受けた認証機関で手続きを行って電子文書をやり取りすれば、電子署名にも印鑑と同じ効力が認められます。今は法律も「印鑑を必須とはしていない」ともいえます。

以上が印鑑の効力に関する説明です。多くの契約書においては押印がなくても大丈夫ということですが、契約は相手ありきです。こちらが印鑑が不要な理由を説明しても、すぐに印鑑がなくなるとは限りません。そこで以降では、契約に伴う印鑑の利用に関するポイントを分かりやすく紹介します。

3 印鑑の基本

1)印鑑には格がある

「印鑑とはハンコ(判子)の正式名称である」と理解している人もいるようですが、厳密には違います。正しくは、私たちが印鑑やハンコと呼んでいるものを総称して「印章」、印章を紙などに押しつけて映ったものを「印影」と呼びます。

ちなみに、印鑑とは印章のうち、登記所や銀行などに届け出た特定の印章(印影)のことを指しますが、この記事では分かりやすく説明するために、全般的に「印鑑」と表現しています。

通常、会社は何本かの印鑑を使い分けています。例えば、見積書は「パソコンでの印字と社印」の組み合わせになっているのをよく見かけます。この組み合わせに問題があるわけではありませんが、契約書の場合で考えると少々軽い印象を受けます。

印鑑には格があり、契約書に押す印鑑はそれなりのものであるほうが好ましいのです。

2)登録印・認印

登録印とは、登記所に登録した印鑑のことで、印鑑証明書を取得できるものです。会社では、登録印や実印、代表印などと呼ばれ、契約書でも利用されます

規模が大きな会社で代表者が複数いる場合は、複数の登録印を所有していることもあります。 なお、その印鑑が登録印であるか否かは、印鑑証明書によって明らかになります。そのため、契約書に印鑑証明書を添付することもあります。

また、認印とは、登録印以外の印鑑のことです。認印は、例えば、宅配便の受取書や簡単な申込書など日常取引等の押印の際に使われるもので、印鑑としての格は低いといえるでしょう。認印としてよく使われる印鑑は、シャチハタ(インキ浸透印)や三文判です。

3)銀行印

銀行印とは、口座開設手続きなどの際に銀行に届け出ている印鑑のことで、その用途は銀行との取引に限定するのが基本です。

多くの金融機関と取引している会社は、複数の銀行印を所有して使い分けていることもあります。登録印と同じように銀行印は重要なものなので、紛失時のリスクを低減するなどの狙いもあります。

4)社印

社印とは、会社名だけを印影とする印鑑のことで、角印や社判などと呼ばれることもあります。社印が押してあれば、少なくとも会社がその文書を正式なものとして認識している場合が多いといえるでしょう。

しかし、登録印や銀行印ほど利用者が限定されるわけではないため、相手方から見ると、どの程度の権限を持つ人が、どのような手続きを経て押したのかが分かりません。このように、印鑑の格が必ずしも高くはないため、契約書ではほとんど利用されません。

4 【図解】契印・割印などの印鑑の押し方いろいろ

契約書にはさまざまな意味合いで印鑑が押されます。契約当事者が署名や記名の横に押す「契約印」の他にもいろいろな種類があるので、以下で整理してみましょう。

1)契印

契印とは、2枚以上にわたる契約書について、それが一体の文書であることを明らかにするために押すものです。2枚以上の契約書の場合、各ページを開いて、それぞれのページにまたがるように押します。

契印の押し方を示した画像です

また、契約書が多数枚に及び、背が白色の製本テープなどでとじられている場合は、その製本テープ(帯)と契約書本体の境目に印影がかかるように押します。

契印の押し方を示した画像です

2)割印

割印とは、2通の契約書が同時に作成されたことを明らかにするために、それらの契約書を少しずらして重ね、全てに印影がかかるように押すものです。3通の場合は、契約書を少しずつずらして重ね、それぞれに印影がかかるように押す方法があります。この場合、各契約書には、印影の上3分の1、中3分の1、下3分の1が押されることになります。

割印の押し方を示した画像です

3)消印

消印とは、印紙を使用済みの状態にして再利用を防止するために、契約書に貼った印紙と契約書の双方に印影がかかるように押すものです。慣例上、1枚の印紙に対して契約当事者がそれぞれ消印を押すことが多くなっていますが、「印紙を使用済みにする」という目的に照らせば、契約当事者のいずれか一方が消印を押せば十分です。なお、消印は押印である必要はなく、署名でも問題ありません。

消印の押し方を示した画像です

4)訂正印・捨印

訂正印とは、契約書の字句を訂正するために押すもので、一般的な方法として、訂正箇所に二重線を引き、その上に訂正印を押して正しい字句を記載するという方法があります(訂正の方法は法令で定められているわけではありませんので、他にも方法がありますが今回は省略します)。

訂正印の押し方を示した画像です

一方、捨印とは、将来の契約書の訂正に備えてあらかじめ余白に押しておくものです。捨印で訂正する場合は、正しい字句に訂正し、訂正箇所を明らかにした上で、余白に「削除○文字」「加筆○文字」などと記します。捨印を押す位置や「削除○文字」などの記載位置は、訂正箇所の近くか余白になりますが、できるだけ訂正箇所の近くにしたほうが、どこを訂正したのかが分かりやすくなります。

捨印の押し方を示した画像です

契約書を訂正する際、新たに訂正印を押してもらうことが難しい場合もありますので、捨印を押しておくことは、将来起こるかもしれない契約書の訂正をあらかじめ可能にするため、有益なものではあります。しかし、相手方に勝手に契約書を訂正されてしまう危険もありますので、捨印は押さないほうが無難です。

5)止印

止印とは、文書の最後に余白が生じたときに、そこに押すものです。

止印を押すことで、以下は余白であることを明らかにし、相手方に余白を勝手に利用されないようにします。止印の代わりに、「以下、余白」などと記載する場合もあります。

止印の押し方を示した画像です

5 契約印はどの位置に押すべき?

契約印(契約当事者が署名や記名の横に押すもの)の位置については、「名前にかかるように押すべきだ」「名前にしっかりかかっていると訂正印みたいだから、名前に少しだけ重ねて押すべきだ」「印影がはっきり分かるように、名前から離して押すべきだ」など、意見が分かれます。

結論から言うと、絶対にこの位置でなければダメだという決まりはありません。そもそも契約印は、契約締結の意思表示の完全性を高めるために押すものなので、法律などによって位置が定められているわけではありません。

とはいえ、トラブルを避けるために、契約印の位置には一定の配慮をしたほうがよいでしょう。例えば、契約書の余白に押せば捨印と間違えられてしまうおそれがあります。また、意味もなく名前から大きく離れた位置に押したら、その人の常識が疑われかねません。名前にかけるか、かけないかといった細かなことは気にしなくて大丈夫ですが、押す位置は常識の範囲内で決めなければなりません。

以上を踏まえて、実務上のことを考えてみましょう。契約印の位置について議論が起こるのは、それだけこだわりを持っている人がいるということです。そのため、こちらが後に押す場合は、相手方が押している位置に合わせるのがよいでしょう。例えば、相手方が名前に少しだけ重ねて押していれば、こちらもそれに合わせるということです。一方、こちらが先に押して相手方に渡す場合は、名前に大きく重ねるなど極端な位置は避け、名前ギリギリの位置に押しておくのが無難でしょう。

契約印の位置が大きな問題になることはありませんが、それを強く主張するとつまらないいざこざが生じるおそれがあります。相手方に合わせたり、商慣行に従ったりしたほうが、手続きがスムーズに進みます。

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6 契約書に貼る印紙のルール

印紙は、印紙税法に基づいて納める国税の一つです。印紙を貼らなければならない文書を「課税文書」と呼び、その文書を作成した人が印紙税を納めなければなりません。課税文書は第1号から第20号まであり、詳細は国税庁のホームページなどで確認することができます。

●国税庁「印紙税」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/inshi/inshi301.htm

ここでは、印紙に関する基礎知識を紹介します。

1)印紙税は誰が納めるのか?

印紙税は、課税文書を作成した人が納めます。ただし、例えば二者間契約の場合、印紙税を契約当事者が折半して納めなければならないといった決まりはないため、納めるのはどちらか一方であっても問題ありません。

2)タイトルを変えれば非課税文書になるのか?

課税文書に該当しなければ印紙税は納めなくてもいいため、契約書のタイトルを変えて課税文書に該当しないようにする人がいます。

しかし、課税文書か否かを判断する基準は契約内容を実質的に見て判断されるため、タイトルだけを変えても意味がありません。

3)貼り忘れた場合の過怠税

印紙の貼り忘れは税務調査でも指摘されることが多い事項です。もし、印紙税の不納があった場合、過怠税として納めるべき印紙税の3倍(自主的に申し出た場合は1.1倍)が徴収されます。

4)印紙税を節約する方法はないのか?

印紙税は、正本にのみ課されます。そのため、契約書を正副と区別して節税しようとすることがあります。

ただし、副本(写し)として認められるためには、署名がないことなど複数の条件をクリアする必要があるので、事前に正副の解釈基準をきちんと確認することが大切です。

5)消印が必要

印紙には消印をしなければなりません。消印によって、その印紙が使用済みであることが明らかになります。消印をしなかった場合、納めるべき印紙税と同額の過怠税が課されます。

6)契約内容を変更したときの印紙税の負担

契約書が印紙税法上の課税文書に該当する場合、新たな契約書を交わすと、あらためて印紙税を納めなければなりません。なお、覚書の場合は、変更箇所が重要な事項の変更となる場合は課税文書として取り扱われますが、重要な事項を含まない変更の場合は課税文書に該当しないため、印紙税が不要になることがあります。判断に迷う場合は、顧問税理士や顧問弁護士に確認をするとよいでしょう。

7 課税文書に該当するか否かの判断

文書の内容によって課税文書に該当するか否か、第○号文書かということで決まるわけですが、解釈が難しい場合もあります。例えば、次のようなケースです。解釈が難しい場合は、所轄税務署に確認することをお勧めします。

  • 文字通りのリース契約は課税文書に該当しないが、それに付随する機器の保守は請負契約に該当するか否か
  • 基本契約について第7号文書として印紙を貼っているが、そこから派生する個別契約も内容に応じて課税文書に該当するか否か
  • 1通の契約書に、複数の課税文書に該当する要素が含まれている場合の取り扱い

8 印紙はいつ貼る? 契約書の交わし方

実務上で意外と迷うのが、契約書の交わし方です。契約当事者が一堂に会して行うことが理想ですが、実際は郵送などで手続きすることが多くなります。その際、「印紙はどのタイミングで貼るのか?」などといった素朴な疑問が生じることがあります。

ここでは、A社とB社が契約書Xを交わすときの手順を整理してみましょう(必要に応じて契印や割印を押しますが、ここでは割愛しています)。なお、契約書は、簡易書留など記録が残る方法で送付するとよいでしょう。

印紙の貼り方を示した画像です

9 電子契約を採用すると印鑑は不要になる?!

最近は、紙での契約ではなく電子契約にて締結する場合も多くなってきています。現在使われている電子契約システムの多くは、前述した電子署名を用いずに、契約当事者が契約締結に合意したことを電子的に記録し、サービスプロバイダがこれを証明する方式をとっています。

インターネット等の通信回線を用いることで、出社をしなくても契約締結作業が可能になりますし、電子契約には収入印紙は不要とされていますので、メリットは大きく、大変有用な方法で、紙での契約は早々になくなってしまうのではないかと思う方もいらっしゃるかもしれません。しかし、現実的にはそうでもありません。その理由は大きく二つあります。

一つは、法律上、書面による締結が義務付けられている契約や登記手続きにおいて契約書が必要な契約があるためです。これらの契約はそもそも電子契約で締結しても無効となる場合もありますので、紙で契約を締結する必要があるでしょう。

もう一つは、電子契約にまつわるリスクがまだ十分に検証されていない点等もあることから、電子契約に対して漠然とした不安を持つ方がいるためです。

電子契約が今後、これまで以上に普及していくことは間違いありませんが、どこまで世の中に浸透するかはもう少し様子を見ていく必要がありますし、印鑑が全く不要になることは現時点ではあまり考えられないでしょう。


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以上

(監修 竹村総合法律事務所 弁護士 松下翔 監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2021年10月8日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

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