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権利の帰属にご用心。スタートアップが直面する知的財産権の論点

日本情報マート

2020.09.04

 前回の「【5分で分かる】起業家が知っておきたい知的財産権の基礎」では、特許権や著作権など知的財産権の種類、方式主義と無方式主義、財産権や人格権といった知的財産権の分類を解説した上で、知的財産権の効果についても考えました。
 続く今回は、より実務的な観点から、「自社の知的財産権をいかにして守るか?」にフォーカスしていきます。非常に重要な内容となっておりますので、ぜひ、ご覧ください。

1 特に特許権の観点からみた「秘密保持契約締結(NDA)」の意義

 秘密保持契約(NDA)の締結の意義については、自社のノウハウ等の流出の防止という観点で解説されているものが多く、実際、そのような観点での重要性が高いのも事実です。しかし、知的財産権(特に特許権)に関していうと、別の観点で重要な意義があります。
 特許権を取得するための主な要件には、

  • 産業上の利用可能性
  • 新規性
  • 進歩性

というものがあり、秘密保持契約の締結は、2.新規性に関して重要な意義を有します。
 「新規性」とは、大ざっぱにいうと、発明が特許出願前に公知になっていないことを要件とするものです(特許法第29条第1項参照)。そのため、特許出願前に発明を第三者に開示してしまうと、この要件が喪失し、特許権を取得することができなくなってしまいます
 例えばスタートアップでは、資金調達が生命線であることも多いため、投資家の候補者を信頼して、秘密保持契約を締結することなく、自社の発明の有用性を詳細に説明してしまうことも多いと思います。このようなケースで当該発明の特許出願を行うと、すでに新規性が喪失しているため、特許権を取得することができなくなってしまいます。もちろん、特許庁の審査官は“神の目”で新規性の有無を判断するわけではないので、このようなケースで新規性の喪失を懸念することは杞憂(きゆう)にすぎないかもしれません。
 また、投資家と良好な関係を築けていれば問題は顕在化しづらいでしょう。しかし実際は、必ずしもそうしたケースばかりではありません。投資家は特定の分野・業種に重点的に投資していることも多く、自社の競合に投資が実行され、うっかり、開示した情報の一部が流出してしまうこともあり得るかもしれません。競合が後に、当該発明について特許が取得されていることを知れば、当然、無効審判等の手続により、一度取得された特許を消滅させに動くこともあり得るでしょうから、注意し過ぎるに越したことはないのです。

 最近は、経済産業省をはじめとして、質の高い秘密保持契約のひな型も公表されているところですから、多少、手間であっても、秘密保持契約を締結することを強くお勧めします。具体的には、経済産業省『【参考資料】秘密情報の保護ハンドブック ~企業価値向上にむけて~』の「参考資料2・各種契約書等の参考例」(PDF内・8ページ以降)をご参照ください。

 なお、仮に秘密保持契約を締結せずに発明の内容を第三者に開示してしまった場合でも、開示した日から1年以内に特許出願を行うことで、新規性喪失の例外(特許法第30条第1項、第2項参照)の適用を受け得るため、諦めずに出願を検討してください。

2 社内プロダクトの権利帰属

 特に、創業から1〜2年の間、最初のプロダクトを開発する段階では、経営者の知人・友人のエンジニア等に、開発を手伝ってもらうことが多いのではないでしょうか。
 知的財産権は、原則的に発明や創作等を行った本人に権利(出願を行う権利を含む)が発生するものであるため、何もケアをしなければ、会社が成長して以降も、開発を手伝ってくれたエンジニアにプロダクトに関する知的財産権が帰属していることになります
 こうしたプロダクトの開発に関与した方々と最後まで円満な関係でいられればよいのですが、スタートアップは、現実問題として予算もなく、人手不足であることが多いため、経済的な条件や過度な業務負担、人間関係のトラブルなど、様々な理由で“けんか別れ”になってしまうケースもよく耳にするところです。
 そして、けんか別れになってしまった場合、会社に対するプロダクトの使用の差止請求を背景に、高額な報酬の交渉を受けてしまうということもあり得るので、スタートアップとしては、紙一枚でも構わないので、最低限、プロダクトの開発に関与してもらう前に、

  • 権利帰属
  • 人格権の行使制限の内容

を定めた覚書などを交わしておくべきです。

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3 従業員の成果物

 従業員の成果物は会社の業務の中で作成されているので、何となく会社にその権利が帰属することが当たり前であると考えられていることが多いように思います。しかし、法律の原則では、知的財産権は、創作等を行った本人に帰属するものとされていますから、従業員の成果物についても、ケアをしておく必要があります
 特許法(特許法を準用する実用新案法、意匠法を含みます)や著作権法では、職務発明や職務著作といった制度があり、一定の要件を満たすことで、従業員の成果物を自動的に会社に帰属させることができます。
 職務発明(実用新案、意匠の場合を含みます)は、

  • 従業者等がなした発明について、
  • その性質上、その使用者等の業務範囲に属しており、
  • その発明に至った行為がその使用者等における従業者等の現在または過去の職務に属するものである場合に、
  • 予め、就業規則等で、使用者等に特許を受ける権利を取得させることを定めておくことで、

発明等を出願する権利を最初から会社に帰属するものとすることが可能です。

 職務著作は、

  • 法人等の発意に基づき、
  • 法人等の業務に従事する者が、
  • 職務上作成する著作物で、
  • 法人等が自己の著作の名義の下に公表するものは、
  • その作成時における契約、勤務規則その他に別段の定めがない場合は、著作者を法人等とするもの

とされています。

 職務著作については、実態として、定義に該当すれば会社に権利が帰属する一方、職務発明については、あらかじめ、労働契約や就業規則等において、これを会社に帰属する旨を定めておく必要があるため、会社で発生し得る成果物の知的財産権について契約書や規程類を整備し、漏れがないようケアをしておくべきです

4 共同開発等における権利帰属とライセンス

 PoC(Proof of Concept)、共同研究、開発業務委託など、2社以上で何らかのプロダクトの開発を行う場合(総称して「共同開発等」といいます)、名称は様々ですが、必ずと行っていいほど、成果物の権利の帰属が契約交渉における論点となります。
 スタートアップがこうした案件の相手方とする大企業や大学などは、いろいろな理由を述べて、自社(自校)に権利が帰属するよう交渉をしてきますし、大きな案件につながる可能性がある状況で、相手方に遠慮してか、安易に成果物の権利を譲ってしまうケースもあるように思います。

 権利を譲るべきか否かは、会社の置かれている状況や具体的な案件の内容いかんによって大きく変わってくる問題であるため、一概に述べることはできませんが、おおむね以下のような考え方をもって検討すべきであると筆者は考えています。

1)成果物からどのような権利が生じ得るか

 仮に、契約の相手方に権利が帰属すると契約に定められていても、共同開発等において権利が発生しないのであれば、スタートアップ側としても何ら不利益は生じないため、権利の帰属に関する交渉にコストをかける必要はないといえます。
 しかし、小規模な共同開発等であっても、企業間で時間と労力をかけて何らかの成果物を作成する場合、発明、著作物等何らかの知的財産権の対象となる成果物が発生する可能性は事実上高いといえ(権利の発生要件として投下された資本や労力が考慮されるわけではない点にはご注意ください)、安易に共同開発等において知的財産権が発生しないだろうと考えるのは危険といえます

2)成果物は、自社の軸となる商品・サービスとの関係でどのような位置付けであるか

 スタートアップが、他社と共同開発等を行うフェーズでは、既にスタートアップ側に何らかの軸となる商品やサービスが存在しており、そこから派生したプロジェクトとしてその共同開発等が行われることが多いかと思います。
 そのような前提で、スタートアップ側が軸となる商品・サービスについて、すでに特許権等を取得しているのであれば、共同開発等における成果物の帰属が相手方となっていても、スタートアップ側の事業の存続が脅かされるようなリスクは生じないでしょう。
 一方で、軸となる商品・サービスの権利化が未了である場合や、権利化はしているものの、共同開発等において見込まれる成果物が、今後のスタートアップ側の事業展開において不可欠なものである場合には、成果物の知的財産権が相手方に帰属することによって、事業の存続が脅かされる可能性や事業展開に支障を来す可能性があるといえます

3)ライセンスのリスク

 仮に成果物の知的財産権の帰属が相手方となっていても、その権利についてスタートアップ側がライセンスを受けることができれば、リスクは生じないのではないかと考えるかもしれません。
 しかし、ライセンス自体が安定的なものではないことについて留意が必要であるため、ここでご説明いたします。
 第1に、ライセンスは契約に基づき対象の権利について実施等を許諾するものであるため、契約上の存続期間の満了や、その他の契約終了事由に基づき、終了する場合があります。このようなライセンスの期間に伴うリスクは相手方との関係性に問題が生じない限り、基本的には契約更新等によって、解消できるリスクといえるでしょう。
 第2に、知的財産権は、ライセンスが付されていようとも、原則的に自由に譲渡することが可能であるため、譲渡されてしまった場合に、スタートアップ側が譲受人の第三者に対して、ライセンシーとしての権利を主張できるのかが問題となります
 特許権、実用新案権、意匠権、商標権については、ライセンシーによる譲受人への権利主張が認められています。商標権の場合のみ、譲受人に対する権利主張が認められるためには、事前に特許庁への通常使用権の登録手続きを行っておく必要がある点にご注意ください(商標法第31条第4項)。
 一方、著作権については、著作権法上、ライセンシーによる譲受人への権利主張を認める規定がないため、これが認められないものとされています。従って、少なくとも、論文やソースコードといった著作物と成り得る成果物については、仮にライセンスを受けられたとしても、法的に極めて不安定な状態であることを認識しておくべきです

 もっとも、著作権法におけるこのようなライセンシーの不安定性は、かねてより問題視されており、令和2年10月1日施行の改正著作権法第63条の2によって、特許法と同様の定めがなされることになりました。この改正法の施行日の前後いずれのタイミングで著作権の譲渡が行われたかによって、当該著作権のライセンシーが譲受人に権利主張できるか否かが変わりますので(改正著作権法附則第8条)、施行日までの間の契約締結に関しては、上記のリスクにご注意ください。

4)成果物の対価と均衡は取れているか

 法律的な視点とは異なりますが、意外と見落とされがちなのが、知的財産権を相手方に帰属させるという結論をとる場合に、その対価が見合ったものになっているかという視点です。知的財産権を相手方に帰属させる場合、上記の通りリスクが生じるため、そのリスクに見合った対価が設定されているのかにつき、慎重に検討すべきであると考えます。

5 まとめ

 知的財産権は、非常に広く深い法律分野の一つであり、本稿の解説だけではとうていその全てをカバーしきれるものではありません。
 経済産業省、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)などが、開発案件に関し、フェアと考えられる契約書を公表し、充実した解説を掲載しています。契約交渉に当たっては、上記の視点に加えて、是非、こうした情報を参考にしつつ、慎重に権利帰属について検討していただきたいと思います。

 また、特許庁『スタートアップ向け情報』を始めとし、省庁もスタートアップの知財戦略等について熱心な情報発信を行っているところですので、是非、そうした情報にもアンテナを張っていただき、感度を高めていただければと思います。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2020年9月4日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

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執筆:五三法律事務所 弁護士 猿渡 馨
弁護士登録後、スタートアップを中心的なクライアントとし、ファイナンスや上場支援、人事労務など、様々な企業法務を経験。現在は、企業(使用者)側の立場で、労働事件を主に取り扱う。
https://www.imlaw.jp/lawyer-2.html

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