このシリーズでは、起業3年程度の経営者に必要な財務諸表の見方を取り上げています。実際に自社の財務諸表を読んでみた感想はいかがですか。戦略がうまく機能しているところや、そうでないところが、財務データに表れていませんでしたか。

財務諸表には、日々のビジネス活動の結果が数字で表現されており、皆さんご自身の経営に対する成績表です。こうして表現された財務データを活用して、自社のビジネスの特徴、経営課題を読み解き、経営戦略、ビジネスプランがうまく機能しているのかを検証し、さらに戦略やビジネスプランを磨き上げていきましょう。

1 まずは過去の自社と比較してみる

ある年度の自社の財務諸表だけを見ていても、その良しあしは分かりにくいものです。自分の身長は高いのか低いのか、体形は痩せ形なのか、ぽっちゃり形なのかは、他人と比べることで明らかになります。財務データも同じで、何かと比べることで特徴や経営課題が読み取りやすくなります。

同業の上場会社と比べてもよいのですが、規模や業歴の差が大きく、あまり役に立たないかもしれません。入手可能であれば、業界の平均値のような数値と比較する方法もありますが、まずは自社の過去の数値と比較することをお勧めします。

起業以降、もろもろの課題や悩みに対処しながら、戦略、ビジネスプランを立てて、会社のかじ取りをしてきたことと思います。そうしたこれまでの経営がどのように財務データに反映されているかを、過去の経営のかじ取りを振り返り、定性的な時々の戦略と財務データを見比べながら、評価してみましょう。

比べてみると分かりますが、売上、利益、貸借対照表の各項目の数値が、大きく変動しています。実際の数字を例えば年度ごとに並べてみても、そこから何かを読み解くことは、よほどの経験がない限り難しいのです。以降では、財務データを指標化することによって、財務分析をしやすくする「財務指標分析」について解説していきます。

2 財務分析の手順

1)ROEとROA

財務データを活用して会社の状況を分析するとき、皆さんは会社のどのようなことが気になりますか。もうかっているのか、どういう活動で利益を生み出しているのかといった収益性、効率よくビジネスが行われているかの効率性、自社は潰れないかといった安全性、さらには売上、資産共に成長しているかの成長性などたくさんあるはずです。

しかし、やみくもに気になるところを見ても、会社の全体像は把握できません。財務指標分析にも、これまで財務諸表を見てきたのと同じように手順があります。それは、会社の総合力を表すといわれるROE(自己資本利益率)とROA(総資産利益率)から確認していくことです。

会社の生産性を見る際のポイントを示した画像です

ROEとは、純資産に対する利益(当期純利益)の比率です。毎期生み出した当期純利益は利益剰余金として純資産に組み入れられることから、株主から預かっている資金を1年間でどれだけ増やしたかを示しており、株主が最重要視する指標です。外部に不特定多数の株主を持つ上場会社においても、経営を行うにあたり意識すべき重要な指標です。

一方、ROAは、ビジネスに投じた資金(資産)に対する利益の比率を表すもので、ここでは反復継続して稼ぐ利益である経常利益を使います。

高いROEを株主に対して約束する会社(主として上場会社)は、それを実現するために、社内ではお金の使い道である資産に対する利益率を示すROAを、部門の目標に掲げるなどしています。この2つの指標はどちらか一方というよりも、対で用いられることが一般的です。

2)ROEとROAの分解

ROEとROAが企業の総合力を表す指標だとされるのは、それぞれが重要な指標の集大成だからであり、逆にいえば重要な指標に分解できるからです。ROEは、「収益性×効率性×安全性(ROAは収益性×効率性)」に分解できます。企業の総合力を表すROEが、どのようにもたらされているのかを3要素から読み取ることができます。

総合力を表す財務指標 ROE/ROAを示した画像です

ROEを構成する3要素(売上高当期純利益率・総資産回転率・財務レバレッジ)を個別に見ていきましょう。

売上高当期純利益率(ROAは売上高経常利益率)は、売上からどれだけ利益を生み出しているかの収益性を表す指標です。

総資産回転率は、企業がビジネスに投じた資金(総資産)の何倍の売上を上げているかといったビジネスの効率性を表す指標です。

財務レバレッジは、外部からの負債をどれだけ活用しているか、返済期日のない純資産の何倍の資金を使ってビジネスを行っているかを示す指標で、安全性をどれだけ犠牲にしてビジネスを行っているかを表す指標といえます。

起業したばかりの会社では、業績が不安定なこともあり、負債を大きく活用することは現実的ではないでしょう。ROEは財務レバレッジを上げれば高くなりますが、それは安全性を犠牲にした結果だということを理解しなければなりません。

過去のROE、ROAと比べてみると、会社の総合力を表す指標がどのように変化したかが分かります。それを分解すると、ROEやROAが変化した要因を収益性、効率性、安全性の要素ごとに分析することができます。ROEが向上したのは、売上高当期純利益率の収益性に起因するのか、総資産回転率の効率性に起因するのかといった具合で、ざっくりとROE、ROAの変化の要因を分析することができます。

例えば、売上高当期純利益率が向上しているなら、収益性が改善していることは理解できますが、果たして製品やサービスの価値が認められて高く売れるようになったのか、販管費が効率よく売上につながるようになったのかは、これだけでは分かりません。ROE、ROAの3要素への分解は、企業分析において「あたりをつける」ためのものだとお考えください。売上高当期純利益率が改善したならば、どのレベルの利益の水準が改善したのかまで詳細に見るようにしましょう。

3 収益性の確認

それでは、収益性を詳細に確認しましょう。本シリーズ第2回「損益計算書(P/L)で経営者が見るべき点は?」で取り上げた4つの利益(売上総利益、営業利益、経常利益、当期純利益)を思い出してください。それぞれの利益率を計算すれば、どこに利益を上げる秘訣があるのかが読み取れます。

例えば、売上高総利益率が改善しているのなら、自社の提供する製品やサービスが顧客に価値をより認められている、ブランド力が高まっているといえるでしょう。売上高営業利益率が改善しているなら、販売、マーケティング、会社の間接部門の活動が売上に以前よりも効率よくつながっているといえるでしょう。自社の過去の数字との比較では上記のようなことが分かりますが、他社比較、業界平均との比較では、どこに自社の優位性があり、どこが自社のウイークポイントなのかが読み取れるでしょう。こうして、具体的な「打ち手」を考えることができるようになります。

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4 効率性の分析

次に効率性についてですが、ROE、ROAの分解で見えてくるのは、総資産回転率という自社の資産全体の効率性です。過去の自社の数値や他社の数値といった比較対象と比べて効率性が悪いということであれば、まず設備の稼働率といった固定資産の生産性を確認してみましょう。店舗を拡大しているようなケースでは、店舗当たりの売上、利益がきちんと伸長しているかを確認しましょう。

次にROE、ROAの3要素の分解では見えてこない部分を、細かく見ていきましょう。具体的には、日々のビジネスの効率性を、本シリーズ第4回「運転資本(WC)とキャッシュフロー計算書(CFS)でキャッシュの動きを感じる」で解説した、資金繰りに影響を与える運転資本を構成する売上債権、棚卸資産、仕入債務から見ます。

売上債権は早期に、かつ確実に回収できているか、棚卸資産は適切な水準か、仕入債務の支払いは十分に余裕を持って行われているかを回転期間で見ます。売上債権は納品から何日で行われているか、棚卸資産は何日分あるか、仕入債務は納品を受けてから何日後に支払われているかということですね。

起業したての頃は経営者自らが一件一件の取引に目配りできているのですが、ビジネスが軌道に乗り、拡大を始めるとなかなか目が届かなくなります。気が付けば取引先とのビジネス上のクレームから売上の回収が滞っていたり、棚卸資産を潤沢に持っておきたい現場の判断で在庫が多くなっていたり、販売不振商品が在庫に滞留していたりと、経営者が思っているのと異なった実態になりがちです。ここは必ず見ておきたいポイントです。

取引金融機関の担当の方から、皆さんの会社の決済条件、在庫の水準などをヒアリングされたことはありませんか。例えば、売上債権は月末締めの翌月払いであれば、最短30日、最長60日ですから、おおむね45日程度になるはずですが、実際の財務諸表から計算すると、これとずれていることが多々あります(売上債権の回転期間は、貸借対照表の売上債権÷損益計算書の売上高×365日で計算できます)。こうした問いは経営者が自身のビジネスをきちんと掌握できているかを把握するために聞かれているのです。棚卸資産(貸借対照表の棚卸資産÷損益計算書の売上原価×365日)や仕入債務(貸借対照表の仕入債務÷損益計算書の売上原価×365日)の回転期間も同様です。

このようにROE、ROAの3要素の分解をきっかけに、より詳細に見ていくことが、分析の精度を上げていくためには必要です。

5 安全性の分析

次に安全性です。自己資本比率という指標は聞いたことがある方もいるでしょう。ビジネスに必要な資金を、どの程度返済義務のない資金で調達しているかを表すものです。起業間もない、業績が不安定な時期には特に重要な指標です。本シリーズ第3回「【資金繰りチェック】経営者は貸借対照表(B/S)のどこを見るべき?」の貸借対照表の読み方で解説しましたが、負債を活用しやすいビジネスと、活用しにくいビジネスがあると紹介しました。ビジネスに必要な資金をどの程度負債に依存するのかは、極めて重要な経営上の判断が求められます。これは財務部長に任せていてはダメですね。実は、ROEを分解した際に登場する財務レバレッジは、この自己資本比率の逆数です。つまり自己資本比率という安全性を犠牲にしたものといえます。

流動資産と流動負債のバランスも安全性を示すもので、流動比率と呼ばれています。すぐに返済しなければならない負債(流動負債)に対して、すぐに現金化できる資産(流動資産)がどの程度あるかを示します。100%を超えていればざっくり問題ないレベルといえます。借り入れコストの安さに注目しすぎると、ついつい金利が安いことが優先され、返済期間が短い資金調達になりがちですが、経営者は見ておかなければならないところですね。

6 成長性の分析

最後に成長性です。売上高成長率、総資産成長率を見る場合は、それぞれを比べてみる視点が必要です。総資産の成長に見合った売上の成長、利益の成長となっているかは大事な視点です。ビジネスが拡大して、会社のあらゆる数字が大きくなっている際には気が付きにくいですが、投資に対するリターンの効率が悪くなっていないかの確認をする必要があります。

7 分析結果を事業計画に活かす

ROE、ROAを分解することで、抜け漏れなく会社の収益性、効率性、安全性、成長性を分析することができることはご理解いただけたでしょう。経営者が自らこうした計算をする必要はありませんが、どういう切り口でご自身のビジネスの健康状態をチェックすればよいのか、またそうしたチェック指標から何が言えるのかは理解しておかなければなりません。

戦略、ビジネスプランを描くのは経営者です。戦略、ビジネスプランの実施後の姿をチェックし、その妥当性、有効性を確認、修正するのも、経営者が行うべきでしょう。このサイクルを迅速に、かつ、頻度高く定期的に行うために財務指標分析は有効なツールです。ぜひPDCAのサイクルを回す上でご活用いただきたいと思います。

次回以降は、経営戦略、ビジネスプランの妥当性、有効性を検証するための事業計画の作成方法について解説していきます。定性的なストーリーとしての戦略やビジネスプランも、ビジネスというからには、もうかるのか、いくら資金が必要なのか、投資は何年で回収できるのかといった定量的な検証がなければ前に進みません。定性的なストーリーとしての戦略、ビジネスプランを数字で説明するための事業計画の作成方法について、財務諸表の構造、指標分析の方法を振り返りながら考えていきましょう。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2019年9月10日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

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提供
執筆:グロービス経営大学院教授 松本泰幸(まつもとひろゆき)
九州大学法学部卒業。東京証券取引所一部上場の事業会社2社で財務部長、関連事業部長、外資系コンサルティングファームで金融サービスコンサルタントとして活動し、投資顧問会社・コンサルティング会社を傘下に持つHCAグループの設立に参画。現在は、農業経営コンサルティング業の株式会社日本アグリマネジメント代表取締役社長。他に経営コンサルティングを行う株式会社LonePine代表取締役社長。株式会社丸八ホールディングス非常勤取締役。石本酒造株式会社顧問、グロービス経営大学院教授(アカウンティング、ファイナンスなど)。

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