「これを見てどう思いますか?」と、資金繰りのコンサルティング先である中小企業の経営者から聞かれることがよくあります。その会社の顧問税理士が作った決算書や試算表の数字を私に説明してくれと言うのです。話は次のように続きます。「決算書では利益が出ていて黒字なのですが、そんなお金は全くありません。どういうことなのでしょうか?」、逆に「試算表で大きく赤字が出ていて、税理士からもっと利益を出してくださいと言われていますが、実際のところそれほど資金繰りには困っていないのです。どういうことなのでしょうか?」などです。
経営者は、決算書や試算表の数字と、資金繰り表の数字にズレが生じているため、どちらを信じていいのか? あるいは、どのように考えていけばいいのか? が分からなくなっているようなのです。
そこでこの記事では、決算書や試算表の数字、いわゆる損益と資金繰りがそもそもどういうものなのか? ということを明らかにし、さらにどちらを信じればいいのか? どのように考えていけばいいのか? を一緒に見ていきたいと思います。ちなみに、試算表とは月ベースの決算書です。

1 そもそも「損益」とは何なのか?

1)バーチャル(仮想的)な損益

決算書の利益、つまり損益はバーチャルなものです。バーチャルとは仮想的という意味です。リアリティー(現実味)に欠けるというイメージです。それでは、どういうふうにバーチャルなのでしょうか? まずは売上から見ていきましょう。

1.バーチャルな売上

まず、決算書の売上には、まだお金が入金されていないもの(売掛金)が含まれます。それとは逆に、すでにお金が入金されているにもかかわらず、売上にならない部分(前受金)もあります。つまり、売上は実際にお金が動いた事実を表しているのではありません。売上は通帳では確認できないバーチャルなものなのです。

2.バーチャルな仕入

次に、仕入です。決算書の仕入には、まだお金を支払っていないもの(買掛金)が含まれます。それとは逆に、すでにお金を支払っているにもかかわらず、仕入にならない部分(前渡金)もあります。つまり、仕入も売上と同じように、実際にお金が動いた事実を表しているのではありません。仕入も通帳では確認できないバーチャルなものなのです。

3.バーチャルな経費

経費についても、まだお金を支払っていないもの(未払金)が含まれます。それとは逆に、すでにお金を支払っているにもかかわらず、経費にならない部分(前払金)もあります。つまり、経費も実際にお金が動いた事実を表しているのではありません。経費も通帳では確認できないバーチャルなものなのです。

4.バーチャルな損益

バーチャルな売上から、バーチャルな仕入を引いて、さらにバーチャルな経費を引いたものが、決算書の利益(損益)です。当然、利益(損益)もバーチャルということになります。言い換えれば、損益は実際のお金の動きと連動していないということです。

バーチャルな損益を示した画像です

2)バーチャルで経営のかじ取りはできるのか?

決算書で計算される利益(損益)はバーチャルなものなので、先々の経営判断のよりどころとするには不向きです。損益を経営判断のよりどころにすることは、ダミーである替え玉の人形を敵だと勘違いしながら戦い続けるようなものです。本当の敵は違うところにいるのです。そう考えるとちょっと怖いですよね。でもそのようなイメージに近いと思います。

3)そもそも誰のための損益なのか?

決算書の損益は、一に税務署、二に金融機関、三に自社のためにあるといえます。損益は、第一の目的として税金を計算するためにあります。決算書で損益を計算し、その損益に税率を掛けて税金を算出し、申告と納税をします。これは法律で定められています。法律で定められていることにより、決算書で計算された損益は社会的信用力があるものとして、第二の目的として金融機関が融資審査をする際の参考とします。なお、全ての会社が同じルールで損益計算をしていますので、同業他社の数字と自社の数字を比較したり、自社の過去から現在までの期間比較をしたりできるので、第三の目的として自社の過去数字の分析に役立てられます。まとめると次の表のようになります。

決算書の損益の目的を示した画像です

損益の話はここまでにして、次に資金繰りについてみていきましょう。

2 そもそも「資金繰り」とは何なのか?

筆者は中小企業向けに資金繰りのコンサルティングをしたり、税理士として税金計算をしたりと、中小企業向けの仕事を長年していますが、資金繰り表を活用していない中小企業がまだまだたくさんあるということにいまだに驚かされます。

1)会社に「資金繰り表」はなくても問題ないのか?

1.経験と勘だけに頼ると嫌な汗をかくことに!

資金繰り表を使わずに経験と勘だけで資金繰りをしている経営者は実際のところ多いです。例えば、「次の支払いが800万円だから取りあえずA口座に1000万円資金移動しておけば大丈夫だ」「今年も、借入の枠があと1800万円あるから、そろそろ銀行に話をしておこうかな」のような感じで、頭の中だけで計算しながら資金繰りをしている経営者が多いです。このように経験と勘だけで資金ショートが起きなければ問題ありませんが、たまに頭の中の算盤が狂って、資金ショートを起こし、大事な支払いができなくなり、嫌な汗がタラ~っと背中を伝うなんてことも割とあるようです。

2.経験と勘だけに頼るデメリット

経験と勘だけでやっていると、会社の資金繰りがその人にしか分からないという状況になってしまいます。このような状況にあるのは創業者によく見られます。事業承継の際に事業を引き継ぐ側の二代目や三代目の人は、会社のお金の動きがどうなっているのかチンプンカンプンで困り果てています。そのような問題が日本全国あらゆるところで実際に起きています。

2)リアルな数字で経営の舵を取る

1.資金繰り表のメリット

そんなときに資金繰り表があれば、先々の日々のお金の動き(入りと出と預金残高)が分かるようになります。やるべきことが明確になり、直前ギリギリで焦ることはなくなり、余裕を持って資金繰りできるようになります。頭の中の算盤が狂うことによる資金ショートはなくなりますし、誰が見ても分かるようになるので、二代目や三代目への事業承継もスムーズにいくというメリットもあります。

2.リアル(現実的)な資金繰り表

なぜ、このようなメリットが資金繰り表にあるのでしょうか? 資金繰り表は、通帳と同じリアル(現実的)なお金の動き(入りと出と預金残高)を捉えることができるからです。資金繰り表のお金の動きと通帳のお金の動きは同じなので、リアル(現実的)であるが故、分かりやすくて数字が腹に落ちやすくなります。

3)そもそも誰のための「資金繰り」なのか?

資金繰り表は、一に自社、二に自社、三に自社のためにあります。つまり、自社が先々の経営判断をするためのよりどころになるのです。ちなみに税務署は資金繰り表には全く興味がありません。資金繰り表は税金計算とは全く関係ないからです。

3 「損益」と「資金繰り」どちらが大事なのか?

会社も個人事業主も税金を計算して申告と納税をしなければなりません。ですから税金計算の基となる損益を計算することは、制度として必要なので避けて通ることはできません。企業は損益計算をしなければ、罰則を受けることにもなります。ですから損益は制度として非常に重要です。しかし、会社も個人事業主も生き延びていくための判断材料としてどうなのか? という前提に立てば、まぎれもなく損益よりも資金繰りのほうが大事になります。

資金繰り表は、法律で決められているわけではありません。それ故、さまざまな形があります。お金の動きが1カ月先までしか読めないものや、5日ごとしか読めないもの、月単位でしか読めないものなどです。

実は資金繰り表は形が大事です。資金繰り表は、できれば日繰り表(日ベース)で4カ月先くらいまでは見通せるものが望ましいです。一般的に取引のワンサイクルが4カ月くらいだからです。欲を言えば、1年先くらいまで日繰りで見通せるものであれば、なお良いです。そのような資金繰り表をチェックしながら経営のかじ取りをしていけば、おのずと会社にお金が残りやすくなっていきます。次の図表は、筆者がクライアント企業に提供している資金繰り表のプロトタイプですので参考にしてください。なお、この資金繰り表は、こちらからダウンロードできます。

資金繰り表の例を示した画像です

4 まとめ

損益はバーチャル(仮想的)なもので、資金繰りはリアル(現実的)なものであるという話をしました。さらに、損益は過去の数字であり、資金繰りは先々の未来の数字ということでした。まとめると次のようになります。損益は過去のバーチャルな数字、資金繰りは未来のリアルな数字ということがいえます。損益と資金繰りはこのような大きな違いがありますので、全くもって別物です。明確に区別して考えるようにしてください。

損益と資金繰り表を示した画像です

伸びているほとんどの会社は資金繰り表を活用しています。この記事を書いている2021年2月現在、コロナウイルスの感染が拡大し、感染収束の見通しが全く立っていません。こういうときにこそ、先々の日々のお金の入りと出と預金残高を予測しながら、動いていくための資金繰り表が大切になってきます。ぜひ参考にしてください。

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提供
執筆:株式会社神田どんぶり勘定事務所 税理士 神田知宜
新発田高校卒業、関西大学卒業。1969年生まれ、新潟県出身、千葉市在住。
中小企業の資金繰りの悩みをゼロにする専門家。
「どんぶり大福帳®」導入コンサルティング、セミナー講師、執筆を業とする。
大学卒業後、大阪の税理士事務所に勤務。顧問先の社長から「もっと気の利いたアドバイスはできないのか? 全く何の役にも立たないな」と怒鳴られ続けノイローゼに。税理士業界にいる限り、社長との「心の溝」は埋まらないと感じ、税理士会を退会し、税理士業界を一度離れる。
上場会社の経理責任者となるがリーマン・ショックの影響をもろに受け上場廃止に。想像を絶する極限ギリギリの資金繰りを経験し、会社が生き延びるためには決算書や会計の専門知識は何の役にも立たないと絶望。
そのときに、お金の本当の姿を見えるようにしておかないといけないと痛感し、独自の資金繰り予測の体系化に成功。本の出版を機に独立し、神田式・資金繰り予測ツール「どんぶり大福帳®」の導入コンサルティングを展開。
「お金の使い方が変わり残高が3カ月で130%に増えた」「人件費300万円のコストダウンに成功」「返済額が50%OFFになり3000万円の特別な借入枠を設定できた」など、全国から喜びの声が届くようになり、「どんぶり大福帳®」導入実績は500社を超える。
 ●株式会社神田どんぶり勘定事務所
 ●YouTubeチャンネル「どんぶり勘定事務所」
 ●神田知宜税理士事務所

【著書】
「世界一シンプルでわかりやすい決算書と会社数字の読み方」(日本実業出版社)
「お金が残る「どんぶり勘定」のススメ~会社のお金は通帳だけでやりくりしなさい」(あさ出版)
「面白いほどわかる!!会計とファイナンスの教科書」共著(洋泉社)

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