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上下は一日に百戦す~守屋淳の、ビジネスに生かせる『論語』と『韓非子』(2)~

日本情報マート

2018.12.10

 うまく機能する組織、成員が幸せになる組織とはどのようなものか。この難問の答えを、まったく正反対の立場にある『論語』と『韓非子』を読み解きながら、守屋淳が導き出していくシリーズです。

1 信用ベースの組織、不信ベースの組織

 『論語』が「信用」や「信頼」に注目して組織やリーダーについて考えた古典だとすれば、まったく逆の立場からそれを考察してみせたのが『韓非子』に他なりません。実際、両書には見事に対照的な指摘が並んでいます。

 まずは『論語』から――

  • 老者はこれを安んじしめ、朋友はこれを信ぜしめ、少者はこれを懐かしめん(年長者からは安心され、同輩からは信頼され、年少者からは懐かれる、そういう人間になりたい)『論語』
  • それ仁者は、己立たんと欲して人を立て、己達せんと欲して人を達す(仁者は、自分が人の上に立ちたいと思ったら、まず人を立たせる。自分が手に入れたいと思ったら、まず人に得させる)『論語』

 人の上に立つなら、「人と信頼し合える関係を作るのが最重要だ」というのが『論語』の考え方でした。

 日本では江戸時代以来、こうした『論語』をベースとした組織観が常識となり、海外の研究者から見れば日本の多くの企業が『論語』くさい文化を持つに至ります。

《西欧に必要なものは、(筆者注:日本企業の繁栄を支えた)非神聖化し非宗教化された「精神主義」である》『ジャパニーズ・マネジメント』リチャード・T・パスカル&アンソニー・G・エイソス 深田祐介訳 講談社

《「和」の精神こそ、この50年間に今日の日本を築き上げた方々、私が40年前の初訪日以来親しくさせていただいた方々と、その同僚の方々の偉業だった》『明日を支配するもの』ピーター・F・ドラッカー 上田惇生訳 ダイヤモンド社

 筆者はここ数年、かなり企業研修を行っていますが、こうした企業風土は特にメーカー系の企業に色濃く残されていて、その好業績の基盤になっていると感じることがしばしばありました。

 ところが『韓非子』になると、こう変わるのです。

  • 人主(じんしゅ)の患いは人を信ずるに在り。人を信ずれば則ち人に制せらる(君主がしていけないことは、相手を頭から信用してかかることである。そんなことをすれば相手からいいように利用されてしまう)『韓非子』

 人なんか信用してたら騙されるだけ、お人好しじゃ生き残れないよ、と冷たく言い放ちます。実際、こうした面も現実にはあるわけで、ドロドロした足の引っ張り合いは組織につきもの。筆者も企業の研修の講師として出向いたとき、「参加者はきっとお互い足を引っ張り合っているんだろうな」という雰囲気が、講師の立場からも感じとられてゾッとしたことがありました……

 『論語』と『韓非子』にも、実に対照的な上下関係の描写が収められています。

  • 君、臣を使うに礼を以ってし、臣、君に事(つか)うるに忠を以ってす(君主が家臣を使うには礼を基本とし、家臣が君主に仕えるには、良心的であることを旨とする)『論語』

 『論語』の場合は、節度と良心をベースとした前向きな関係が前提とされるのですが、『韓非子』になるとこうなります。

  • 上下(しょうか)は一日に百戦す。下はその私を匿(かく)して用(も)ってその上を試し、上は度量を操りて以ってその下を割く(君主と臣下とは、一日に百回も戦っている。臣下は下心を隠して君主の出方をうかがい、君主は法を盾に取って臣下の結びつきを断ち切ろうとする)『韓非子』

 書き下し文にある「上下(しょうか)は一日に百戦す」というのは現代でも使われる有名な言葉ですが、ではなぜ『韓非子』はここまで極端な組織観、人間観を打ち出すに至ったのでしょうか。ここには『韓非子』が生まれた時代背景が絡んできます。

2 競争の激化が不信を募らす

 『論語』の主人公である孔子が活躍したのは、春秋時代の末期でした。この時代は、戦乱の真っ最中とはいえ、まだ天下や諸侯国には、秩序を重んじる気風が残っていました。孔子は、

「確かに今は戦乱の時代だが、昔のように秩序ある状態にもどれるはず」

という考えから、「信用」や「和」を重んじる組織観を打ち出していきました。会社でいえば、沈みかけた会社にコンサルタントが乗り込んでいって、

「まだ大丈夫です、この会社は確かに業績が悪化して、社内の雰囲気もいいとはいえませんが、今からでも十分立て直せます」

と、力強く主張するような感じでした。

 一方、『韓非子』の著者である韓非が活躍したのは、孔子の没後200年以上たってから。もう戦乱や下剋上がどうしようもないほど進んでしまい、

「自分の生き残りしか考えられない。部下なんか信用したら本当に寝首をかかれかねない」

というシビアな時代状況に陥っていました。『韓非子』にはこんな言葉もあります。

  • 上古は道徳を競い、中世は智謀を逐(お)い、当今は気力を争う(大昔は道徳を競い合ったものだが、少したつと智謀が求められ、今では気と力を削り合う争いになっている)『韓非子』

 つまり、昔の競争は牧歌的だったから「道徳」だとか「和」だとか言っていられたけれど、今の競争はシビア過ぎて、そんなこと言ってられないんだよ、というわけです。

 この点、現代でもまったく同じ面があります。戦後の日本企業は『論語』的だとずっと言われ続けてきました。ところが1990年代に入り、アメリカでのブームを受けて「成果主義」を導入した結果、人間関係がひどくギスギスするようになっていきました。同僚や後輩は、助け合い、信頼し合う対象という以上に、蹴落とし合うライバルという側面が強く出始めてしまったわけです……。

 実は『韓非子』の考え方は、現代の「成果主義」を2000年以上前に先取りしている内容を持っています。しかも、その考え方は「成果主義」以上にシビアで先鋭的だったりもするのです。

 さらに現代は、『韓非子』のような組織観、人間観をとらざるを得ない局面が、とても増えています。その根本にあるのが、グローバル化と価値観の多様化という問題なのです。

3 グローバル化が招く不信

 筆者は、日本企業が海外に広告を出す際の、仲介をしているビジネスマンから、こんな話を聞いたことがあります。

「日本のメーカーが、イタリアの新聞に4色カラーの広告を出稿したときのことです。実際に出来上がった紙面を見ると、4色の線が1ミリくらいずつズレて印刷されていたんです。日本の常識では、あり得ないような状態なのに、イタリアの新聞社側は、 『載せたんだから、金を払ってくれるのが当たり前』 という態度。いったいどうしたらよいのか、と頭を抱えましたね……」

 さらに、ある会社で研修したときには、こんな話も聞いて度胆を抜かれました。

「自分は中東で仕事をしていたんですが、中東の人は時間にルーズ。それはわかっていたんですが、一度4時間遅刻されたことがありまして、さすがに、 『なんで遅刻するんだ』 と聞いたことがあるんです。すると返ってきた答えはこうでした。 『時間って何?』 これには返しようがありませんでした……」

 いずれも極端な例といえば例ですが、これは異文化の人と仕事をする際にはつきまとう問題なのです。つまり、お互いの常識や無意識の価値観が違うと、どうしても、

「こちらの意図通りにならない」 「思いもよらず期待や信頼を裏切られた」

ということが起こらざるを得ません。『韓非子』の場合、裏切りはわざと行われるものですが、こちらの場合わざとではない分、さらに問題が根深いともいえるのですが……

 さらに、価値観の多様化という切り口でいえば、「仕事中毒」と「イクメン」、「男尊女卑」と「完全実力主義」など、考え方の違う人はいくらでもいます。そんなベクトルの混乱した状況でも組織を一つにまとめ、成果をあげるための強い手法として『韓非子』はあるのです。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2018年12月10日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

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守屋 淳[もりや あつし]
1965年 東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。
大手書店勤務を経て、現在は中国古典、主に『孫子』『論語』『老子』『荘子』などの知恵を現代にどのように活かすかをテーマとした、執筆や企業での研修・講演を行う。
中小から上場企業までの社長や第一線のビジネスマン、キャリア官僚等との勉強会を多数行い、常に最新の知見、情報を取り入れている。単なる古典の解説にとどまらず、時代背景や、現代の事例、エピソードを多々交えながらのスピード感ある飽きさせない講義に定評がある。
『最高の戦略教科書 孫子』(日本経済新聞出版社)は12万部、『現代語訳 論語と算盤』(ちくま新書)は11万部を超えるロングセラーに。『衆知』(PHP研究所)に「『今』に活かす中国古典」を連載中。

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