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守屋淳の、ビジネスに生かせる『論語』と『韓非子』(7) ~性悪説にもとづく組織論~

日本情報マート

2018.12.21

 うまく機能する組織、成員が幸せになる組織とはどのようなものか。この難問の答えを、まったく正反対の立場にある『論語』と『韓非子』を読み解きながら、守屋淳が導き出していくシリーズです。

1 韓非の悲劇の生涯

 『韓非子』を書いたといわれる韓非(前280年頃~前233年)は悲劇の生涯を送った人物でした。『史記』にある彼の伝記は少々長いのですが、ビジネスに携わる人であれば結構泣ける話なので、ご紹介したいと思います。

 韓非は、韓という国の公子の一人だった。「刑名法術(けいめいほうじゅつ)の学」を好み、その根本は「黄老(こうろう)」(注)にあった。韓非の人となりとして、弁舌は下手だったが、著作は得意だった。李斯(りし)とともに荀子(じゅんし:性悪説を唱えたことで有名)に師事したが、李斯は韓非にかなわないと思っていた。

(注)黄は中国古代伝説中の帝王である黄帝、老は道家の思想を創設した中心人物である老子を意味します。黄帝を始祖とし老子を大成者とする道家系の思想(黄老思想)で、『史記』においても法家の刑名思想は黄老に由来すると記しています。

 韓非は、韓の領土が削り取られて弱体化していくのを見て、たびたび書面で韓王を諌めた。しかし、韓王はそれを用いることができなかった。このとき韓非は、国を治める際の問題として、

  • 法制を明確にしようとしない
  • 権力で臣下をコントロールしようとしない
  • 富国強兵に努め、人材を求めて賢者を登用しようとしない
  • うわべを取り繕って国を蝕む人物を、本当に功績ある者の上に置いてしまう

という点をあげた。儒者は文化を重視して法を混乱させるし、任侠者は私的な武勇によって禁令を破る。余裕があるときには、儒者や任侠者のような名声の高い人を寵愛するが、事があれば結局は甲冑(かっちゅう)の士に頼る。これではいま手元で養っているのは役立たずであり、役に立つのは養っていない人間ということになる。

 韓非は、清廉でまじめな人間が、よこしまな家臣たちから、排除されることを悲しみ、歴史の得失の変化を観察して、孤憤(こふん)、五蠹(ごと)、内外儲(ないがいちょ)、説林(ぜいりん)、説難(ぜいなん)など十余万言を作った。

 ある人が、韓非の著書を秦に伝えた。秦王(後の秦の始皇帝)は孤憤、五蠹の書を読むと、こう言った。

「ああ、私はこれを書いた人間と交友できれば、死んでも心残りはない」

 李斯が言った。

「それを書いたのは韓非です」

 秦はそこで、突然韓を攻撃した。韓王は最初、韓非を用いなかったが、危急にのぞみ、彼を秦に使者として派遣した。

 秦王は彼に会って喜んだが、まだ信じて用いることができなかった。李斯と姚賈(ようか)は韓非の登用を妨害しようと考え、こう讒言(ざんげん)した。

「韓非は、韓の公子の一人です。いま王は諸侯を併呑したいと望んでいますが、韓非は韓のことを考え、秦のことは考えないでしょう。それが人情というものです。かといって、いま王が登用されず、長らく引き留めた後に帰せば、これは自ら災いの種をまくようなもの。法を脇に置いて、殺してしまうのが一番です」

 秦王はなるほどと思い、獄吏の手に韓非を委ねた。李斯は人をやって韓非に薬を与えさせ、自殺に追い込もうとした。韓非は自分で申し開きをしたいと思ったが、その機会は与えられなかった。秦王が後悔し、人をやって赦免(しゃめん)させようとしたときには、韓非はすでに死んでいた。

2 火の政治、水の政治

 この後、韓非の考え方は秦の統治原理として採用されます。このこともあり、秦は中国統一に成功するのです。しかし後ほど詳述しますが、法治の問題点が噴出することによって秦王朝はたったの15年で滅んでしまいました。たとえるなら、効き目も副作用も強い劇薬というのが韓非の思想なのです。

 ただし一言つけ加えておきますと、こうした「法家思想」というのは韓非の専売特許というわけではありません。彼の先達の政治家・思想家である李克(りこく)や商鞅(しょうおう)、申不害(しんふがい)、慎到(しんとう)といった人たちの、

「法や権力を使わないと、組織はうまくまとめられない」

という思想を集大成したものなのです。では、なぜ先達たちはこうした考え方を抱くに至ったのか。孔子と同時代の名政治家として知られた子産(しさん)に、端的な指摘があるのでご紹介したいと思います。

  • 私の後を継いで国政を担う人物は、あなたをおいて他にいない。参考までに私の話を聞いて欲しい。私は政治には二つの方法があると思う。一つはゆるやかな政治、もう一つは厳しい政治だ。ゆるやかな政治で人民を服従させるのはよほどの有徳者でないと難しい。だから、一般には厳しい政治をとった方がよいのだ。
  • この二つは、たとえてみれば水と火のようなもの。火の性質は激しく、見るからに恐ろしいので人々は怖がって近寄ろうとしない。だから、かえって火によって死ぬ者は少ないのだ。ところが水の性質はいたって弱々しいので、人々は水を恐れない。そのためにかえって水によって死ぬ者が多いのである。ゆるやかな政治は水のようなもの、一見やさしそうだが、実は非常に難しい。『春秋左氏伝』

 子産は政治のあり方というものを、

  • ゆるやかな政治=水=徳治
  • 厳しい政治=火=法治

という対比で語っていますが、ここには「徳治」の問題がそのまま炙り出されています。

 すなわち、「ゆるやかな政治で人民を服従させるのはよほどの有徳者でないと難しい」というのが、

  • 徳の高い人物はそうそういない。今はいても、後々続かなくなる。
  • 徳を持った人物自体、変節してしまうことがある。

という問題とまず繋がってきます。有徳者は数が少ない。しかも、変節せずに有徳者であり続ける人はもっと少ないのです。

 また、「水の性質はいたって弱々しいので、人々は水を恐れない」という部分が、

  • 現場の暴走を止める術がない
  • 自分を育んでくれた先輩や上司が悪いことをしても、とがめられなくなる。

という問題と直結してきます。ゆるやかな統制しかできない「徳治」では、現場や悪意ある者の暴走を止め切れなくなってしまうわけです。

 こうした問題の解決策として、まず重要視されたのが「法の徹底」に他なりませんでした。

3 法やルールを守らせるためには

 皆さんも会社や職場で、規則やルールを作ったりすることがあると思いますが、このときに大原則が一つあります。それを示したのが、次の言葉です。

  • 法は貴きに阿(おもね)らず、縄は曲がれるに撓(たお)まず。法の加うる所は、智者も辞する能わず、勇者も敢えて争わず。過ちを刑するには大臣をも避けず、善を賞するには匹夫をも遺さず(法律の条文は、相手の地位が高いからといって曲げることはない。線を引くものさしは、相手が曲がっているからといって、それに合わせて曲がることはない。いったん法が適用されれば、智者でも言い逃れることができず、勇者でも抗うことができない。罪を罰するのには、重臣でも避けないし、善行は庶民でも漏れなく賞する)『韓非子』

 つまり、公平性が何より重要だというのです。会社でも「職場のルール? 私は専務だから関係がないよ」「オーナーの親族の私に規則を守れというの」などと言う人がいたら、それは機能しなくなってしまうわけです。

 ただし、法やルールは、公平に適用されたとしても、皆が守ってくれるとは限りません。実は今の日本の法律にも、こんな例はいくらでもあります。その端的なものが飲酒運転です。

 飲酒運転は、2002年に厳罰化され、マスコミなどでも飲酒運転者に対する厳しい糾弾の目が向けられるようになりました。

 厳罰化される前には、高速道路入り口の飲食店では、ドライバーに平気でお酒が出されていましたし、その昔、ある全国紙の記者の人に、筆者はこんな話を聞いたことがあります。

「この地区では、地方紙の力が強くて、うちは販売部数でとてもかなわないんですよ。なにせその地方紙には、『本日警察の交通一斉取り締まり』という記事が載ったりするんです。それを見たドライバーが、その日だけ繁華街に行くのをやめるんですから……」

 しかし、2002年の厳罰化以後、マスコミは違反者、特に公務員や芸能人の違反者を執拗に叩きました。その報道ぶりは批判されもしましたが、これによって、

「飲酒運転禁止は守らないとマズイ」

というように空気が変わったのです。

 つまり、法やルールは、「それを守らないとマズイ」と思わせる何かがないとなかなか守ってくれない面があるのです。韓非はその何かを、「権力」に求めました。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2018年12月21日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

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守屋 淳[もりや あつし]
1965年 東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。
大手書店勤務を経て、現在は中国古典、主に『孫子』『論語』『老子』『荘子』などの知恵を現代にどのように活かすかをテーマとした、執筆や企業での研修・講演を行う。
中小から上場企業までの社長や第一線のビジネスマン、キャリア官僚等との勉強会を多数行い、常に最新の知見、情報を取り入れている。単なる古典の解説にとどまらず、時代背景や、現代の事例、エピソードを多々交えながらのスピード感ある飽きさせない講義に定評がある。
『最高の戦略教科書 孫子』(日本経済新聞出版社)は12万部、『現代語訳 論語と算盤』(ちくま新書)は11万部を超えるロングセラーに。『衆知』(PHP研究所)に「『今』に活かす中国古典」を連載中。

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