「時代の変化に取り残されないように新しい事業を始めよう」とイノベーションに取り組むことは重要です。しかし、新規事業の立ち上げには企業にとって未知のトラブルやリスクがつきものです。

今回は、「保険を通じて成長産業を支援する」をミッションとし、スタートアップのリスクマネジメント支援・オーダーメイドの保険開発などを行う三井住友海上火災保険株式会社(以下「三井住友海上」)東京本部・首都戦略担当の藤田健司氏、齋數一平氏の2名にインタビューを実施(所属はインタービュー時のものです)。

新たな事業の立ち上げにおいて、企業が検討すべきリスクと、対処方法としての「攻めの保険活用」について伺いました。

1 リスクマネジメント体制の構築ステップ

企業の中には、「リスクマネジメントをすべき」であることは理解しつつも、「自社(あるいは自社の事業)にどのようなリスクが潜んでいて、どう対処すべきか考えきれていない」という企業も多くあります。

そのような場合、以下のようにステップごとに、企業に合わせたリスクマネジメントを考えていくことになります。以下では、特に「リスクの洗い出し」「リスクの評価/分析」についてご紹介します。

1)リスクの洗い出し
2)リスク評価/リスク分析
3)リスク処理方法の決定(リスクファイナンス/リスクコントロール)

1)リスクの洗い出しは、その事業を運営する上でどのようなリスクが潜んでいるのかを1つ1つ洗い出していくことを指します。

ここで重要になるのは、「いかに多角的な視点で事業を見られるか」です。
具体的には以下のような視点を持つことが重要になります。

  • 法的規制に準拠しているか
  • 関係者または第三者を怪我させたり、物を損傷させたりする可能性がないか
  • 第三者の権利を侵害したり、名誉を毀損したりしていないか

また、デジタル化が進む現在においては、多くのビジネスはデバイスやネットワークを使用します。

そのため、サイバー攻撃に対するリスク、スマートフォンなどのデバイスを紛失・破損するリスクなど、デジタル領域におけるリスクは全ての企業が検討・対処しておくべき事案と言えます。

より広い視野でリスクを探し出すためには、自社内だけでなく、保険会社やパートナー企業などとディスカッションすることもおすすめです。

2)リスクの評価/分析のポイントは以下の3点です。

  • リスクの頻度:どのくらいの割合で起こり得るのか
  • リスクの強度:どれほどの損害・損失を与えるのか
  • 経営に対しての影響度:起こった場合、経営に影響を及ぼすのか

特にスタートアップが大企業と協業する場合などは、リスクの洗い出しができているだけではなく、それぞれのリスクが起こり得る頻度・与え得る影響までを説明できる状態にしておくと、その後の対処方法や協業のあり方を共に検討することができます。

リスクの頻度や強度が自社で分からない場合、保険会社などに相談することで、同様または近しいケースのリスク発生頻度を予測することも可能です。

例)従業員がスマートフォンを紛失するリスク
→ 近しい規模・業態の企業で、過去どのくらいの期間に何件の紛失があり、損害がいくらであったかを算出する、など

経営に対しての影響度とは、「リスクが起こった場合、最大でどのくらいの被害が生じるのか」を指します。

例)製品を100台輸送する場合の最大被害額
→ 製品1台あたりの価格 × 100台分

上記のように最大被害額を算出し、「自社でそれを全額支払う蓄えがあるか」を確認しておきましょう。

全額自社で補填できるのであれば問題ありませんが、全額は支払えない・経営に与える影響が計り知れないといった場合には、保険活用なども視野に入れた対策を取る必要があります。

2 実証実験(PoC)におけるリスクマネジメント 

基本的な考え方を踏まえた上で、ここからは実証実験や新製品・新サービスの開発におけるリスクマネジメントについてご説明いたします。

そもそも、なぜ製品・サービスが広く市場へ出る前の実証実験段階から、リスクマネジメントが必要となるのでしょうか。

それは、「実証実験=何が起こるか分からない」という不安をできる限り削減し、実験に必要な場所や設備を確保し、より多くの方に安心して実験に協力してもらうためです。

昨今では自動運転、ロボット・IoT機器、AI、ブロックチェーンなど、多くの人にとってこれまで馴染みのなかった技術を活用した事業が増えています。

未知のものに対する漠然とした不安から、関係各所からの十分な協力を得ることができず、実験が進まないという事態を避けるため、起こり得るリスクを整理し、対策を講じておくことが必要不可欠なのです。

しっかりとリスクマネジメント体制を構築し、大手企業や自治体の協力を得ることができれば、信頼性の高い実証実験を行うことができ、製品・サービスの発売に際してより良いスタートを切ることへとつながります。

また、消費者は製品・サービスの安全性、企業としての信頼性を重視するので、新製品・新サービスのリリース段階となれば、当然ながら、リスクマネジメントの必要性はさらに高まっていきます。

「リスクマネジメント=守り」という印象をお持ちの方も多いと思いますが、リスクマネジメントを行って、それをステークホルダーに対して示すことは、企業や製品・サービスの強力なPRにつながるのです。

3 実証実験(PoC)におけるリスクマネジメントの具体事例

ここからは、三井住友海上が実際に携わった、実証実験・新製品などのリスクマネジメント事例をご紹介いたします。

●ロボティクスの実証実験における保険活用(あらゆる可能性を想定したリスクマネジメント)

<概要>
スタートアップ企業がロボティクスを開発。実際の動作・性能を確かめるため、実証実験を行うことが決定。
企業としてのリスクマネジメントを徹底し、関係各所に安心して実験に協力してもらうため、さまざまな角度からリスクヘッジ方法を検討していた。

<企業が抱えていたリスク>

  • 実証実験中に実験筐体が故障し、火災などにつながる
  • 実験筐体で物を運ぶ実験を行った際、対象物が壊れる
  • 実験筐体の付近に人がいた際、実験筐体がぶつかって怪我をさせてしまう

<対処方法>
当日のリスクマネジメント体制の構築はもちろんのこと、もしもの時のために、実験に関わる全ての人・物を対象としたオリジナルの保険を作成した。

従来の保険は、補償対象となる人や物が限定されるため、本件は、対象者を限定しない画期的な保険となった。

4 攻守のリスクマネジメントを使い分け、継続的な事業成長を

スタートアップ企業にとって、リスクマネジメントに時間やコストを割くのは、なかなか難しいことかもしれません。
しかし、前述した通り、特にデジタル領域におけるリスクというのは業態・規模にかかわらず全ての企業が抱えているものです。

保険会社として多数のスタートアップ企業と関わる中で、個人情報の流出などデジタル、サイバー領域のトラブルにより、著しく企業の信頼が低下してしまった・事業継続が困難になってしまったという例も見てきました。
PCを1台でも保有しているのであれば、リスクマネジメント体制の見直しと、保険活用を視野に入れるべきと考えています。

また、前章の具体事例でも紹介した通り、リスクマネジメントは、企業としての経営姿勢のPRや市場価値の向上といった「攻め」の施策にもなり得ます

「保険会社には、事業内容まで理解した支援や、攻めの提案はできないのではないか?」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、昨今の保険会社はVCやインキュベーター、アクセラレーターの方々と連携していることも多々あります。

新しいことに挑戦する際に、自社を守り、より多くの方々に安心して連携してもらうためにも、「保険活用」という手段があるということをスタートアップ企業の方々に知って頂けると嬉しいです。

三井住友海上火災保険・藤田健司氏、齋數一平氏の画像です

三井住友海上火災保険の画像です

以上

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森若幸次郎 / John Kojiro Moriwaka イノベーションプロバイダー、ファミリービジネス二代目経営者、起業家、講演家、コラムニスト
山口県下関市生まれ。19歳から7年半単身オーストラリア在住後、家業の医療・福祉・介護イノベーションを目指す株式会社モリワカの専務取締役に就任。その後、ハーバードビジネススクールにてリーダーシップとイノベーションを学ぶ。約6年間シリコンバレーと日本を行き来し、株式会社シリコンバレーベンチャーズを創業。近年はNextシリコンバレー(イスラエル、インド、フランスなど)のエコシステムのキープレーヤーとのパートナーシップと英語での高い交渉力を活かし、スタートアップ支援やマッチングを行う。「日本各地でのイノベーション・エコシステムの構築方法」や「どのように海外スタートアップと協業しオープンイノベーションを起こすか」を大企業、銀行、大学などで講演、病院ではリーダーシップセミナーを行う。国内外アクセラレーター支援、スタートアップイベント運営、ピッチ指導(英語・日本語)等も行う。

株式会社シリコンバレーベンチャーズ代表取締役社長 (兼) CEO
株式会社モリワカ専務取締役(兼)CIO
情報経営イノベーション専門職大学 客員教授
MIB Myanmar Institute of Business 客員教授
Startup GRIND Fukuoka ディレクター

著書「ハーバードのエリートは、なぜプレッシャーに強いのか?」

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